わたしたちが光の速さで進めないなら
古の携帯個人サイトに書かれているポエムを思い出しました
収録作品
1. 巡礼者たちはなぜ帰らない
2. スペクトラム
3. 共生仮説
4. わたしたちが光の速さで進めないなら
5. 感情の物性
6. 館内紛失
7. わたしのスペースヒーローについて
購入のきっかけ
読後感が爽やかで読みやすい文体のSF短編が7本収録されています。先日読んだ『アクロイド殺し』の購入と同じタイミングのハヤカワKindleセールで購入しました。
SFと銘打たれた作品を読んだことが人生で一度もなかった気がします。『フランケンシュタイン』ってたぶんSFじゃないよな……。ラノベも含めて良いなら『スカーレット・ウィザード』を20回以上は読み返しているのですが、ほんとにそれくらいです。
ついでに、韓国文学を読むのも初めてです。韓国は女性作家の作品がとても面白いと聞いて、セールもありタイトルが魅力的な本作を手に取ろうと思いました。
主観しかない面白さランキング
🥇共生仮説
🥈スペクトラム
🥉わたしのスペースヒーローについて
各作品の感想
共生仮説
収録作品の中で一番面白いと感じました。というのも、科学技術自体は人間やAIの発達でどこまでも進化していけそうだけど「地球以外に生き物が存在するか?」っていうのは、もっと自然に近い問いで、真実存在するならより根源的な恐怖を感じるからです。
『共生仮説』ではさらに、人間以外の知的生命体が実は人間の人間たる部分を形成してくれていたという事実が明らかになります。そこだけ切り取ると怖すぎてたまらんのですが、「知らないはずなのに懐かしい奇妙な気持ち」を残して消えていってしまう「彼ら」の優しさを描写していて、設定の怖さからは想像もつかないほど穏やかな話に着地しています。
スペクトラム
これも『共生仮説』と同様に地球外生命体について書かれている点が面白くて個人的ランキング2位としました。色彩言語はなんだか非自明的(仮に人間より色の識別能力が優れた生き物がいても、作中のような色彩言語を使う方向へ進化すると思えない)ですが……。
ただ、『スペクトラム』内の地球外生命体たちは短すぎる寿命を持ち、新しく生まれた個体は色彩言語による記録を読むことで「生まれ変わる前の自分」とされていた個体と同じ役割を持つ、という設定がユニークで心惹かれました。
表題の意味を考えてみたのですが、人間にとって識別できない色の連続性であったり、「ルイ」として生きた生命体がそれぞれ別の個性を持ちながらも同じ役割を果たしたこと、から来ているのかなと推測しました。
わたしのスペースヒーローについて
設定は『スペクトラム』と似通った部分があります。こちらは祖母ではなく叔母(的な存在)であったり、目的を完遂していないという違いがあります。
本冊全体を通して女性科学者が多数出てくるので、SFの世界においては性差による差別が完全に無くなっているものとして書くものなのかな(実際、出産が母体以外で可能になり外骨格が普及したら性差ではなく貧富が最も大切になるはず)と考えていました。そしてその点において、他の作品と比べて『わたしのスペースヒーローについて』は私との距離が最も近いと感じました。
人種や性別によって「その人の行動」は「その種の人間の行動」に置き換えられてしまう。
自分語りに繋げちゃうんですが、今の課で女が私1人なこともあり、自分の職場について思い返しながら読んでしまいました。自分ももっと自分の決断に自信や責任を持っていきたいな〜……。
他作品の感想
『巡礼者たちはなぜ帰らない』は若い女の子の書いた手紙形式で、それがいまいち刺さらず。ただ読んでいるとxrieとかnanoとかの古の携帯個人サイトに書かれているポエムを思い出しました。
『わたしたちが光の速さで進めないなら』は技術革新の過渡期に取り残されてしまった不幸を書いています。絶対に到達し得ない遠い星へオンボロの宇宙船で飛び立つのは、客観的には自殺行為なんですが、誇りを失わず主体的な選択をした結果として描かれているため、不思議と爽快感のある終わり方になっています。
『感情の物性』は「ユウウツ」「オチツキ」など、利用すればその感情を得られるアイテムが流行り始めた世界を描写しています。本作内唯一の男性主人公です。
私は血液型占いもMBTIも嫌いで、さらに言うとお清めスプレーとかお守りもあまり好きでなかったりして、「感情の物性」に引っ張られた彼女にイライラする主人公の気持ちには非常に共感が持てます。あと、「泣きたいから泣ける映画を観る」とかもマジでない。
ただし、ネガティブな感情の物性が売れるのは上記と同じでしょう?という論理に納得はいきました。
『館内紛失』は鬱病の母親・機能不全家庭で育った女が幸せな子育てができるのか、など現代インターネットでホットそうな話題を取り扱っていて、死後の人間を図書のようにデータとして格納するという発想までは面白いのですが、物語の着地点が安易で、他の作品に比べると微妙だと感じました。出産神話を信じられないからかもしれません。
他色々
生成AIが登場以来どんどん発達していく世の中でソフトウェアエンジニアとして働いていると、あまりにも目まぐるしい速度で人間に求められる資質が変わって、今まで自分がやっていた事に急に価値がなくなって、第三次産業革命の只中にいると感じます。 そんな時にこういう抒情的なSFを読むと、かえって今まで持っていた焦りがちょっと落ち着いた気がします。未来って想像可能な形で文章として表現できるんだな〜的な。古典SFとか読んで、現代との差異を確かめてみたくなりました。



